白馬の王子様を待っていてはいけない!

白馬の王子様を待っていてはいけない!

王子様はいるの?

 

結婚すると決めたら、捨てなければならないものがあります。

 

それが、「白馬に乗った王子様」幻想です。

 

小さい頃に読んだおとぎ話に出てくるお姫様と王子様は、いろいろな、困難な出来事の末に結ばれます。

 

めでたし、めでたし。

 

多くの女性の潜在意識には、この「めでたし、めでたし。」の物語がしっかりと刷り込まれています。

 

「白馬に乗った王子様」幻想には、三つの局面があります。

 

ひとつは、「王子様という理想」です。

 

めぐり逢う人は、最高に素敵な人でなければなりません。

 

ふたつ目は、王子様は、どんなことがあっても自分を守ってくれる人であってほしい。

 

「守ってもらえるという希望」です。

 

そして三つめは、「いつか素敵な王子様と出会う」という、「ドラマチックな運命」。

 

理想と希望と運命を同時に求めるのですから、これはハードルが高いです。

 

白馬はポルシェかベンツか。

 

ひと昔、ふた昔前なら、そんな白馬も登場したかもしれません。

 

王子様は、ハンサムで高学歴、高収入の優しい人。

 

そして、背が高い。

 

理想の結婚相手は、「3K」(高学歴、高収入、高身長)と一時期盛んに言われ、「3K」という言葉が流行りました。

 

今、若い世代の低所得傾向が結婚に踏みだせない理由のひとつと言われています。

 

白馬の王子様なんて……と思っていても、心の片隅にはきっと誰かが現われる、という期待の欠片があるものです。

 

この「白馬の王子様」幻想が、結婚を人生のゴールにしてしまうのです。

 

そして、「私を守ってくれる人」。お姫様のように大切に扱ってくれる人。

 

確かに、この気持ちはわかります。

 

私を外敵から守ってほしいし、ピンチになったら助けてほしい。

 

本当に愛する女のためなら、男は矢面に立って女を守る。

 

男たるもの、私もこうあってほしいと思います。

 

しかし、今の社会の中では、女性の方が頼りになる場面が多々あります。

 

どうしたものか。このまま女性たちが男性的にたくましくなってしまうのでしょうか。

 

男性と女性の特質は、陽と陰と言われています。

 

陽である男性は積極性の意識を持ち、責任、リーダーシップがあるというのが特徴です。

 

守るものがあって初めて男は力を発揮できる。

 

そういう意味で、女性が男性に「守ってほしい」と願うのは、本能的なものかもしれません。

 

自分は王子様にふさわしいのか?

 

ここでポイントになるのは、自分自身が男性に「守りたい」と思わせる女性かどうかということです。

 

王子様の条件は、何も見た目や学歴や収入のことだけではありません。

 

自分をいちばんに愛してくれて、「何でも言うことを聞いてくれる」優しい人。

 

理想の相手にこのような「優しい人」を挙げる女性はたくさんいます。

 

優しくないより、優しい人のほうがいいに決まっています。

 

でも、優しいってどういうことでしょう?

 

優しさもいろいろです。

 

目に見える、わかりやすい優しさを持っている人もいれば、わかりにくいところで優しい人もいます。

 

そんな人の優しさは、とても深いものがあります。

 

目に見えるものだけに価値を感じる人は、男性のそんな優しさに気づくでしょうか?

 

どんな人と結婚したいかというのはとても大切なことです。

 

理想を高く持つのも、いいでしょう。

 

思考は現実化しますから、適切なイメージを持っていると叶うかもしれません。

 

でも、考えてみてください。

 

白馬に乗った王子様が結婚相手に選ぶのは、心のきれいなお姫様です。

 

自分が望む理想の相手と自分は釣り合うのかどうか、一度よく考えてみましょう。

 

外見も内面も美しく磨き、教養があり、どんな話題にも入っていくことができ、どんな人に対しても同じ態度で、思いやりを持って接することができるでしょうか。

 

美しい言葉を大切に、魂の高貴さを生きているでしょうか。

 

王子様を待つ前に、自分が「お姫様」になる

 

王子様に見初められ、プロポーズされるには、自分が「お姫様であること」です。

 

王子様を見つけ出し、プロポーズするためにも、自分がお姫様スピリットを持つことです。

 

心がお姫様であることが求められるのです。

 

そして、白馬に乗った王子様を待っている最大の試練は、物語の中の物語の中のお姫様は白馬の王子様を待っていない、ということです。

 

シンデレラも王子様の出現を期待しながら掃除洗濯をしていたわけではありません。

 

ディズニーの映画に出てくる白雪姫は「いつか王子様が」と能天気に歌っていますが、グリム童話の原作では家事をすることを条件に小人の家に住まわせてもらっている、それは生きるための選択だったのです。

 

つまり、シンデレラと白雪姫のどちらにも邪心がない、生きることに精一杯なのです。

 

理想の相手の条件を元に男性と接しているということは、無意識のうちに相手を格付けしているということになります。

 

おそらく、出身校や勤めている会社や仕事、趣味、乗っている車、家族関係など、即座にインプットされています。

 

そして、これならいいとか、悪くないとか、この人は論外……と、無意識に心の中で格付けし、差別化していることはないでしょうか。

 

つまり、条件だけに焦点をあてていくと、知らず知らずのうちに格付けしているのです。

 

このようなことは多かれ少なかれ、誰にでもあることです。

 

ただ、これが行き過ぎると……嫌な女ですよね。

 

女子会や、会社のお昼休みに女性たちがわいわいと、あの人はいいとかありえないとか男性を格付けしている会話は、とても聞けたものではあ
りません。

 

白馬に乗った王子様と結ばれたいのならお姫様になること。

 

それも、理想を並べ立てるお姫様ではなく、もっと凛とした美しい心と自信を持ったお姫様です。

 

魂のお姫様をめざしましょう!

 

どんな出会いも運命的

 

そして、白馬に乗った王子様幻想の三つ目である「運命的な出会い」。

 

多くの女性が心のどこかで「運命的」であることを願っています。

 

それらは思いのほか心の奥深く、潜在意識に刻み込まれているのです。

 

でも、考えてみればどんな出会いも、実は運命なのです。

 

小田和正の「ラブストーリーは突然に」のフレーズがそれを語っています。

 

「あの日あの時あの場所で君に会えなかったら」そう、「今」はないのです。

 

それを運命的と呼ばずして、なんと呼ぶのでしょうか。

 

映画やドラマの中にあるようなドラマチックな出会いへの期待値が高いと、期待外れになることが多いでしょう。

 

でも、愛する人との出会いは、たとえ日常の何気ないタイミングだったとしてもそれはドラマチックなことです。

 

これをドラマチックだと思えるかどうか! ここが幸せ感を味わえる感性を持っているかいないかの差になります。

 

王子様とお姫様の運命的な出会いに対する夢、期待は、「赤い糸」とか、「ソウルメイト」という言葉に密かに心震えてしまうことに通じます。

 

結ばれる者同士は小指と小指が見えない赤い糸でつながっている。

 

中国の故事、そして日本の三輪山伝説に由来する「運命の赤い糸」は、多くの女性たちの妄想力を育んできました。

 

結ばれる人は、生まれたときから決まっているということは、この広い世界のどこかで、誰かが私を待っている。まだ出会っていないだけ……。そう思うだけでときめきを覚える気持ちを理解できます。

 

でも見えない糸をたぐり寄せてみたら王子様ではなく、すぐ隣にいる人だった……。

 

王子様と出会うよりも、こちらのほうが運命的な感じがするのですがどうでしょう?

 

「ソウルメイト」という言葉に、私も胸が震えたひとりです。

 

過去生において何度も出会い、肉体を越えてつなかっている魂。

 

なんて素敵でしょう。

 

過去生(それを信じる人であれば)でも一緒だったという、これもまた妄想の中の妄想ですが、ここに囚われすぎると判断を誤りかねません。

 

ソウルメイトかどうか見極める目を鍛えなければなりません。

 

 

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